シナリオの解析をしようと思って、少しずつ書き出す。
少なくても自分が出演する場面についての想像だけでも広げなくちゃいけないと思うから。
書き出して書き出して、資料にしていく。
もちろん、初稿なのだから、まだまだ変更されるし、そのたびに修正しなくてはいけないけれど。
とは言え、その修正が、今はとてつもなく楽になってる。
第一に、デジタルデータだから、簡単にインサートが出来る。
一行を後から書き加えるには、手書きだとそれ以下の文章を一度消すなりしなくてはいけかった。
今は、一行挿入なんてお手の物だ。
だから、今の時点から色々と出来る。
その上、出来上がった後に共有が出来る。
共有して、複数人での編集も出来る。
それも前ならパソコンを持っている人だけだったのに、今はスマホがある。
スマホを持っていれば、同じファイルに別の人がアクセスして、編集すらできる。
これをうまく使えば、全員で情報の共有が出来るし、解析が出来る。
舞台の場合は、連続して芝居をする。
映画の場合は、順撮りと言って、連続する撮影は特別なものになる。
だから、部屋のシーンだけ一気に撮影したり、外のシーンだけ一気に撮影することもある。
そうなると、繋がりと言うのがある。
室内の廊下を撮影して、次の日に続きの玄関から出てくるシーンを撮影することもあるという事だ。
当然、髪形や服装、装飾品、そして感情の繋がりをやっていかなくてはいけない。
ヘアメイクさんが、髪形や服装をチェックしている場合もあるし、タイムキーパーさんやスクリプターと言ったチェックする人がいる場合もある。
あるけれども、当然、俳優も自分で確認が必要だ。
スタッフさんだって完璧ではないし、少なからず感情の繋がり、芝居の連続性を思えば把握して当然だからだ。
繋がりがおかしければ、それは違和感になって、細かい違和感は結果的に映画作品に影響してくる。
シナリオを読んで香盤表をみれば、そんなことは別にすぐにわかるよ。
そう思うかもしれない。
でも、そんなことないな。
自分の中で整理しないと、難しいことがたくさんあるはずだ。
舞台でも、劇場入りしてから場当たり稽古というのをやるのだけれど。
時間がない時は、スタッフさんのきっかけを合わせていく稽古だから途中の芝居をつまんでやる場合がある。
そして、やってもうまくいかなければ、少しシーンをさかのぼってもう一度お願いします!という事がある。
長年舞台をやっている役者でも、この場当たりで今がどんなシーンで自分が次にどこにいるべきか迷子になったりする。
ものすごい濃縮された時間の中でそれまで連続していた芝居が、ランダムアクセスになるのだからある程度は致し方ない。
それでも、そういうことが不慣れだったり、不得意であるならば、やはり事前にイメージトレーニングが必要になる。
ましてや、映画の現場なら、その日にどんどん予定が変わることだってあるはずだ。
紙に書かれた通りの進行でなんか絶対に進まないのだから、理解度の深さが、即ちそのままスピードになるという事だ。
実際、劇団の場当たり稽古で、いつも迷子になって、裏で走り回ってる役者は同じだったりする。
やはり、得手不得手があるという事だ。
それも、その場当たりのようにランダムにアクセスする芝居が、そのまま本番だという事もある。
おいらの場合。
舞台ではいつも必ず自分なりに作品全体を通したシミュレートをしておく。
だから、いつも劇団員が作ってくれている香盤表を見ない。
どんなシミュかというと、もう、全部の段取りだ。
最初はここに待機して、このシーン終わりで下手スタンバイ。靴はここで脱いでおく。
このシーンまでは、常にこの導線で、ここで少し休憩できる。
この時に、一応、あいつがスタンバってるか、確認する。
ここで、衣装を変えるだけの時間がないから中に着ておいて、このタイミングで脱ぐ。
ポケットの中に忍び隠しておいた小道具は必ずこのシーンの時に確認する。
そのぐらいまでは、実はシミュってるのだ。
そして、物語の外郭や、流れを把握しておけば、今、舞台中でどんなシーンでどこまで進んでいるかすぐにわかる。
とある俳優は、でらっち、次、俺、どっちから出るっけ?と聞かれたりもする。
そこまで、自分の中で組み立てておくのは、そうしないと、とてもじゃないけど不安で舞台に立てない臆病者だからだ。
準備をしておかないと立てない。
だから、今回の映画撮影も同じように準備をしたい。
ましてや、殆どが初めての作業と言っていいんだから。
少なくても、自分だけでも全体性をきちんと把握したいなぁと思っている。
主観的な部分だけではなくて客観的な部分まで。
どこまでやれるかな?
出来上がったら、皆に共有しようと思っている。