2016年05月28日

今もどこかで見ている

現職のアメリカ大統領が初めて広島を訪問した。

70年。

なんというか、感動した。
感動するのもおかしいのかもしれない。
追悼してくれたという感覚も少し違うような気がする。
いや、たぶん、やっと普通の事が行われただけなんだと思う。

今も活動されている被爆された方々の殆どが謝罪を求めなかった。
これを世界がどう見るのかはわからない。
アメリカのような裁判社会だと、謝ったら負けが確定するらしい。
極東アジアでは今も、日本に謝罪を繰り返し求めている。
一般市民が多数亡くなった、無差別大量破壊兵器の使用。
それも、戦略的な側面だけじゃなくて、実験的な側面があったという事実。
他の国が同じことをすれば、間違いなく非難されたであろう行為。
実際、今日まで誰も謝罪なんかしていない。
それでも、謝罪は求めない。
ただ、来てほしい。追悼して欲しい。
それだけだったという。

それでも、70年間もの間、訪問が叶わなかったのは、様々な弊害があったのと思う。
その弊害をなぜ今超えることが出来たのか。
もちろん、政治的にも経済的にも、弊害がなくなったとか。単に時間の問題とか。
理由はたくさんあるのだろうけれど。
そこにどんな意図があれど、関係ないなぁと思う。
うん、もう、そんなことはどうでもいい。
とにかく、今だって多少なりとも弊害はあるわけで、なぜとかじゃなくて、それでも来たことに意味がある。
いや、もう、意味すらないのかもしれない。
ただ訪問して、追討をした。そして、長く培ってきた友情という言葉を使った。
もう、それ以上でもそれ以下でもないなって思った。

それが、なんというか、感動だった。

あれだけコテンパンに国をぶち壊されたのに。
日本は、わりに堂々とアメリカに憧れた。
次々に興業レベルだけじゃなくて、文化まで輸入した。
ブロードウェイに憧れ、ハリウッドに憧れ、マクドナルドに憧れた。
節操がないだろうか?
おいらはそうは思わない。
複雑な感情を抱えた人だってたくさんいたはずだけれど。
そんなことよりも、未来を見ていたからだと思う。
敗戦直後の日本人の目に、自由の国アメリカがどう写ったのか。
それは、やっぱり、夢であり、未来だったのだと思う。

その国のトップが友情という言葉を使って。
花を手向けた。

やっぱり、なんか、感動しちゃったんだよなぁ。
もう、感動しかないんだよなぁ。
どこかの国が余計な事を言っただとか、世界情勢だとか。
もう、そういうのも、感動は全部関係なくしてくれる。

したたかに生きてきたんだよ。うん。
なぁ、ガールズ。

やっぱり今年、映画化することになったのには意味があったと思うよ。
だってさ。
敗戦国日本で、誰よりも早く、アメリカを受け入れたのは、パンパンだったんだよ。
石を投げたって、なんにもなりゃしない。
頭を下げさせたって、飯の種にもなりゃしない。
パンパンの次に受け入れたのが浮浪児で、その次が闇のブローカーさ。

当時はアメリカにおもねっただけで随分蔑んだ人たちがいたっていうけどさ。
ごらんよ。
こんな日も来るんだ。
アメリカからせっせと外貨を体一つで稼いだだけなのにね。

きっと、パンパンだった女性は今もどこかに生きている。
90代だろうからかなりの高齢になるけれど。
この報道を見て、どう思うかなぁ。
想像しただけで、ちょっと震えるよ。

おいらは感動したよ。
あの時代に生きていたわけじゃないけれど。
この時代に生きていて良かったなぁって思ったよ。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 03:50| Comment(0) | 映画製作への道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月27日

西から雨雲がやってくる

今日は風の強い日だった。
風が通るたびに、心地よい涼しさを感じるのだけど。
同時に西からやってくる湿気を感じた。
風が強くて湿気を孕んでいるなら、もう梅雨も近い。
まだ汗だくになるような季節ではないけれど、梅雨は夏の匂いを一気に運んでくるだろうなぁ。

中学の頃を思い出す。
2年生の夏休み。
おじいちゃんちに行って、しばらくおじいちゃんと二人で過ごした。
ホームヘルパーさんも夏休みに入るから誰かがいかなくちゃいけなかった。
・・・いや、しっかりしたおじいちゃんだったから実際は平気だったのかもしれない。
とにかく、一人になっちゃうという事で、仕事のある大人の盆休みまで。
おいらは、おじいちゃんと二人で過ごすことになった。

おじいちゃんは、大正生まれだ。
典型的な元軍人だったし、厳格なところもあった。
もちろん、やさしいおじいちゃんだった一面もあったけれど。
怒るときは怒るし、気難しい所もたくさんあった。
床の間には日本刀が置かれて、明治から続く歴代天皇陛下の写真が飾ってあった。
おじいちゃんのご飯を作って、一緒にご飯を食べて、洗い物をする。
そんな毎日だった。

セブンガールズという芝居を演じる時。
いつも、そのおじいちゃんのことを思い出す。
今のおいらの感覚よりも、ずっとおじいちゃんの感覚の方が正しいはずだからだ。
登場人物のほとんどは、大正末期から昭和初期の生まれのはずだから。
その時代を生きてきた人たちだったからだ。
死生観、人生観、恋愛観、道徳、志向。
その全てが、基本的なところで少しずつずれているはずだ。
少なくても、今のおいらが、今の20代の会話を聞いてカルチャーショックを受けるのだから。
同じ日本人でも、やっぱり、同じではないはずだから。

もちろん、シナリオを書いたデビッドさんは、大正の生まれでも何でもないけれど。
それでも、おいらよりもずっと、その世代の人と接してきたはずだし、より具体的だと思う。
おいらの記憶の中に生きている大正、昭和初期生まれの人は、祖父母ぐらいのものだ。
触れたぐらいの人はいても。
記憶の中で生きていると言い切れるのは、あと1人ぐらいしかいない。
終戦直後を知っている人はもちろんいる。
その頃子供だった人だったら。
でも、大人で、その日を迎えた知り合いは想像以上に少ない。
だから、小説や映画、記録を見て、ある程度は想像するしかないのだけれど。
その全ての情報を合わせたって、記憶の中に生きている実際の人には敵わない。

悲しいことに、とてもじゃないけれど、全てを理解することなんかもちろん出来ない。
思い出すのはその背中や、雰囲気、佇まい。時々見せるやけに悲しそうな目。
おじいちゃんだって、孫の考え方は、宇宙人みたいなものだったんじゃないかなぁ。
ただでさえ人は人を完全に理解することなんか不可能だ。
自分の事すら理解できないのだから、まして、世代の違う人同士理解なんて出来るはずがない。
出来るはずがないけれど、このシナリオの登場人物が若き日のおじいちゃんだったら・・・と想像すると。
それまでの想像よりも明らかに生き生きとした人物像になっていたりする。
それまで、苦労していた役作りがバカみたいに、一瞬で裏が作れるようになる。
そうか、じゃぁ、それで演じてみようと試してみれば、とてもしっくりきたりする。

明日は雨かな?
西から雨雲がやってくる。
雨はやがてやんで。
また暑い夏を運んでくるよ。
あの夏を思い出す。
あれから何度目の夏だろう?

おじいちゃんのご飯を買いに、ケッタに乗って、スーパーまでぶっとばす。
親から預かったお金で買い物をして、ついでにアイスかなんかを買う。
真っすぐに帰らずに海辺に出る。
堤防の上でアイスをかじりながら、あっちぃなぁ、もぉ・・・なんてナマイキを呟く。
海がキラキラと光っている。
風がまとわりつくたびに、体がべたべたする。
ビーサンはペッタンコさ。

もう30年近く前の話さ。
たった数週間のあの時間が。
セブンガールズの役作りに大きく役立っているなんてね。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 02:50| Comment(0) | 映画製作への道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月26日

一里塚

今週末に向けて、今日も連絡が飛び交う。
今週を越えて、スケジュールが固まってくればまた動きが変わってくる。
おいらの出来ることを、一つずつ潰していかなくちゃだ。

スケジュールが決まれば、ロケ候補地に即連絡。
そこから本格的に逆算でスケジュールを組んでいくことになる。
美術のプランが固まれば役者の動きも決まるから、演出も始まる。
どんどんシーンを固めていって、撮影しながらイメージも作っていける。
やることは決まっているし、やれる方向性も見えている。
美術さんのロケハンと、プランが固まってからの監督のロケハンも必要だ。
頭の中で一つずつ整理して潰していく。

その為に、まずは今週末、再度、朝陽館様に、建具を頂きに上がる。
ここで、頂けるものによって、美術のプランも予算も大きく変わる。
そして、今週末の本読み稽古で、稽古の方向性も見えてくるだろう。
そこまで行けば、美術プランを組んでいただけるし、そうなれば足りないものも見えてくる。
足りないものを調達するために、いくつかの業者をピックアップしておく。

逆を言えば、これは不可能な事なのだ。
普通に言えば、こんなことは出来ない。
様々な無茶なことがある。
仕事としてやっていたら、そんなこと無理だ!と断るようなことばかりが続くだろう。

無理。とか。
無茶。とか。
役者は言うな。
そう、劇団創世記に劇団内で決まった。
演出家がこうやれと言われたら、やれないと思っても、口に出さない。
どうやってやるのか、そこから考える。
そうやっていたら、無理な事なんかないって思うようになった。

役者だけじゃない。
役の上でもだ。
おいらは、誰もが無理だと思うようなことを実現するような役を何度となく演じた。
不可能を可能にした。

役者だけでも、役の上だけでもない。
劇団やそれ以外の活動の中で。
そんなこと出来るの?って聞かれるようなことをやってきた。
足りない部分は、馬力で乗り切ったりもした。
時には、企画書をもって企業にまで足を運んだ。
流通業者まで言って、CDの流通のお願いまでした。
思えば、どこかで、こんなこと無理だと考えてもおかしくなかった。

今回の企画では、ほとんど、毎週、そんな言葉を聞く。
そんなこと出来るの?
そんなこと無理じゃない?
それ、どうするの?なんとかなるの?
それを一つずつ、潰していく。
なんとかなるの?じゃなくて、なんとかしていく。
アイデアと、行動力と、熱意だけで。

なんでそこまでやるんだろう?
その辺は、実は、自分でもよくわかっていない。
自分のためかと聞かれたら、どうも、そうとも言えない。
もちろん、応援してくれる、支援してくださった、そういう皆様の為だけど、それだけでもない。
何か意地になってるのかな?とも思うけれど、そういうわけでもなさそうだ。

ふと見ると。
道が一本しかない。
なんか、そういう事のような気がしている。
この道を進むしかないじゃんね。
そう思う。
おいらがいなくても、誰かがやるだろう。
だって、もう道は決まっていて、前に進むだけなのだから。
そこに、障害があろうが、困難があろうが、変わらない。
坂は登るし、壁は打ち破る。
だって、道が一本しかないのだから。
元に戻るかリタイアするか進むしかないのだったら。
選択肢は一つしかないようなものだ。

おぼろげだった道がどんどんはっきりとした道になってきたぜ。
うん、これでいい。

一つだけ心配なのは、まだ、仲間感覚が強いことだ。
もっともっとぶつかっていいような気がする。
それぞれの思いが強くなれば、間違いなくぶつかるはずだから。
道が一本ならぶつかったって、ぶれることはない。
仲間じゃなくて、同志になった方が、きっと強い。
龍馬と中岡が喧嘩ばかりしていたように。
それでも、進む道が同じなら、何の問題もない。
内輪受けになってはいけない。
それぞれぶつかりあっていけたら、もっと良くなると思っている。

今週末。
もう一段感、景色が変わる。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 03:35| Comment(0) | 映画製作への道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする