2016年04月23日

無言の善意

東日本大震災でおいらが学んだことは、基本的に、シェアやリツイートはしないという事だ。
色々な情報が錯綜する中、その情報の中には、嘘も本当もまぎれていた。
或いは、本当のことを書いていても、政治的志向が加味されている発言も多かった。
一時ソースがはっきりしないものもあったし、辿ってみたら、怪しげなアカウントから始まるツイートも多かった。
だから、今回もSNSで、あまりシェアやリツイートをしないようにしている。
もちろん、善意で広めてほしいというものもあって、とても悩むのだけれど、基本的にやめておこうと思った。
恐らく広めた方が良いものもあるし、時間のある時にじっくり精査してからであるべきだと思ったからだ。
リツイートもシェアも自分の発言ではなさそうだけど、結果的には自分が広めているからだ。
悲しいかな、東日本大震災の時、おいらも直後にいくつかのデマを広げてしまったという反省がある。

もちろん、皆様のシェアやリツイートを目にする。
それに関しては、それほどなんとも思わない。
むしろ色々な情報を目にしている。
政治的志向の強いものは、スルーだけどね。
ってか、どっち側の人も、よくあれだけやるなぁっていつも呆れてるけれど。
言葉遣いがもう、あんまり受け入れないのばかりだから。
それで、その中でもどうしても気になるものもある。

それは「噴火」というワード。
気象庁が噴火活動には結びつくと考えていないと発表しているけれど。
どうしても気になってしまう。
あれだけ毎日九州の地図を見ていて、あの阿蘇山の巨大なカルデラを目にすれば、気になるのも当然だ。
大分の由布岳の辺りも震源になっていたりして、どうしても、怖くなる。
だから、思わず、噴火のことが書かれているリンクはクリックしてしまう。
恐怖心をあおられて、つい覗いてしまうのだ。
けれど、やっぱり、それも政治的志向の強いツイートだったりする。
ああ、引っかかったなぁっていつも思う。
そのたびに、SNSなんて見るのをやめようとか、変に思ってしまう自分がいる。

なんというか、すごい時代なんだよなぁと思う。
誰かが気になった記事があれば、それを共有できる。
共有した相手にひっかかるワードがあれば、更にそれが共有される。
あっという間に、根も葉もないデマさえ広がっていく。
エキセントリックなワードほど、最初のクリック数が上がっていく。
そして、急速に広がっていく。

思うに、それが、最終的に集団催眠や共同幻想みたいなものになりやしないか?と不安だ。
社会の雰囲気みたいなものがSNSで形成されて、社会に影響を与えるという事が既にたびたび起きている。
おいらが、自分にとって最大の敵だと思っているのが「集団ヒステリー」だ。
集団で何かに過激に反応して、思考がストップしている状況。
かつての黒船来襲も、国家高揚も、全てそういう状態だったはずだ。
SNSに、そういう危険性が生まれないことを祈るばかりだ。

終戦直後。
日本はある種の集団ヒステリーを各地で引きおこした。
在日アジア人に対するリンチなども実際に起きた。
その逆もあった。

パンパンが大量に生まれた原因はRAAにあると言われている。
RAAとは、国が占領軍が来る前に設置した、占領軍専用の慰安所だ。
いわゆる、占領軍用の巨大な娼館を国が女性を集めて作ったのだ。
けれど、RAA内部での性病の流行があって、GHQ側に解散を命じられた。
それまで、安泰な生活が約束されていた娼婦たちは、街に出た。
夜の街に、街娼が立ち、それがパンパンが一気に増えたきっかけになったという。
RAA設立時もパンパンがいたらしいという話もあるけれど、一気に増えたのは間違いなくRAAの廃止だ。
このRAAの設立理由が。
日本人女性が、占領軍兵士たちにレイプされる恐れがあるのを防ぐためだった。
これは、当時の政治家の記録にはっきり残っている。
国家が娼館を創るなんてヒステリックな事が起きたのは、敗戦による集団ヒステリーだと言える。
(とは言え、その後の占領時代、占領軍によるレイプ事件は後を絶たなかった事実もある)

今、SNSの人気ワードを生み出すことが出来れば、最大の宣伝効果になる。
けれど、どんなに素晴らしいネット広告コンサルも、完全にはコントロールできない。
出来るわけがない、相手は個人で、大衆の思考は常に流動しているから。
仕掛けを用意して、誰かがその情報を広げるところまでは行くけれど、あとは、どこまで広がるかは運次第だ。実は。
映画も、企業広告も、ネットで広がりそうな内容のプレスを盛んに出してる。
もちろん、成功した例もたくさんあるけれど、恐らくほんの一握りだ。

おいらは知ってしまった。
震災の時に。
ネットには善意だけが溢れているわけではないことを。
明らかに意図的にデマを流したり、明らかに政治的な志向をつけた記事を広めたり。
そういうものが、余りにも多すぎる。
おいらはSNSに大きな大きな期待をしている。
実は今も凄くしている。
このセブンガールズが完成した後に、試写会をして。
口コミで、少しずつ広がるといいなぁと思っている。
宣伝的な仕掛けよりも、誰かが発言したことが自然発生的に広がればいいのになぁなんて夢想する。
でも、実際にはそれだけではないだろう。
面白くなかったという発言がやたらに広がる可能性だってある。
悪意を持ったデマが広がってしまう可能性だってある。
何がどうなるかなんて、計算できない。コントロールできないのが口コミなのだ。
それでも、クラウドファンディングで起きたあの広がり方は、善意ばかりだった。
だから、今も期待しているし、信じたいなぁと思っている。

熊本に住む後輩が、毎日、頑張っている。
自分の家族だけじゃなくて、ご近所さんや、見ず知らずの人まで助け始めてる。
パワフルな後輩で、頼りになるやつだったけど、その行動力に頭が下がる思いだ。
シェアしようと、何度も思ったけれど。
とにかく、眺めることに決めた。
間違った、変な広がりをしたら申し訳ないと思ったからだ。
おいらが広めたせいで、誰かに偽善だなんて叩かれた日には目も当てられない。そう思ったからだ。
善意が、別の形になることもありえるんだ。
がんばれ、がんばれ、がんばれ。
そう思うしか出来ない事が歯がゆい。

でも、信じているよ。
うん。
結局信じている。
結局、残るのは善意だし、受け取るのも善意になると。
多少の取捨選択は必要だろうけれど。
そういう奇跡も何度も何度もみてきた。
世界中から東北にメッセージが集まったのを目にした。

消費される情報にだけはなっちゃいけない。
ストンと心に落ちていく。そして心に留まる。
そういう情報じゃないものを残していかなくちゃいけない。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 03:55| Comment(0) | 映画製作への道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする