2016年04月19日

技術でも感情でもないもの

ハリウッドの俳優と日本の俳優の違いがどういうものか意外に知っている人は少ない。
日本の俳優ですら、あまりよく分かっていない人も多いらしい。
日本にいるとなんだかちょっと信じられないけれど、アメリカにはプロダクションというものがない。
テレビを見ていれば、芸人さんでも俳優さんでもプロダクション名を出すことがあるし、それが普通だけど。
実は、アメリカから見たらそれはとてもおかしなことらしい。

では、ハリウッド俳優がどうやって仕事を取って、どうやって自分を売り出していくのかと言えば。
それは、エージェントという職業があるからだ。
エージェント契約をすると、エージェントは俳優と話し合い仕事やオーディションを探す。
時には、俳優にこの映画に挑戦したらどうだ?と勧めることもあるし、俳優からこんな映画に出たいと頼まれたりする。
ただし、日本のプロダクションと違って、マネージメント業務は一切しない。
仕事を探して、その仕事のギャランティの中から、エージェントは手数料を取る。
マネージャーは、だから、俳優は自分で雇うことになる。
スケジュール管理などは、自分で探してマネージャーをつけるのだ。
税金などは、専属の税理士に頼む。

だから自分の売り出し方は、必然的に自分で考えることになる。
セルフプロデュース。
どんな仕事が自分に合っているのか。
どんな監督と仕事をしたいのか。
自分で、未来の自分を思い描く能力がそのまま俳優の能力になってくる。

そして俳優たちは、全員が個人事業種みたいなものだから、当然、労働組合がある。
この労働組合に所属しないと、映画には出ることが出来ない。
俳優組合に所属するには、アクタースクールに通った学歴と、作品に出た履歴が必要になる。
その代わり、どんな映画に出演しても最低保証賃金などが約束される。
俳優は、組合に守られている。

日本のプロダクションという形態には、もちろん、良い部分もあるし、悪い部分もある。
逆に、良かろうと悪かろうと、合う人間と合わない人間もいるだろう。
ただ一つ言えるのは、ハリウッドでは、次から次へと、才能を持った俳優が生まれているという事だ。
個性的で魅力的な俳優が、突然現れる。
彼らは誰かが売り出したのではなく、自分をプロデュースし、様々な難関を越えてきた俳優だ。
アクターズスクールで優秀な成績を収め、数々のオーディションで噂を創ってきた。
そういう実績で、優秀なエージェントに出会い、俳優組合にも入ることが出来た人間という事だ。

ショービジネスの国と、旅回り一座の国の、芸能の歴史の違いがそのまま出ているともいえる。

今、日本で俳優をちゃんと育てている場所はどこなんだろう?と考える。
かつての日本映画全盛の時代は、映画会社が俳優たちを育てた。
五社協定と言って、各映画会社所属の俳優は他の会社の映画には出演できなかった。
でも、今はそういう時代じゃない。
映画会社は俳優を育てない。
プロダクションは、もちろん、俳優教育をするようになった。
教師を雇って、若手にレッスンをする。
そうやって、自分の会社の俳優を作り上げていく。
最近は、ワークショップなんて言うのもある。
どこそこの映画監督のワークショップ参加者募集!なんてのを見かける。
映画監督は映画の撮影法を勉強してきた人で、芝居なんか勉強してきてないんだけどね。
客観的な意見は言えても主観的な俳優の肉体感覚は教えられるわけないのに。
とにかく、映画俳優を目指している若い人は、プロダクションに所属してレッスンに通うか。
自分で、ワークショップを探して、行ってみるしかないという現状なんじゃないだろうか。

実際、今、おいらより上の年代の、名優と呼ばれる俳優を見ると、殆どが小劇場出身俳優だ。
本当、映画や映像の世界だけで、この年まで続けてきた人がなんと少ないだろう。
そして、個性的と呼ばれる俳優の殆どが、小劇場が育てたという現状をどう思っているんだろう。
結果的に、映画俳優になりたいから小劇場の世界に来るというラインも出来ていく。

日本の形態でももちろん、鮮烈な若い才能が現れる可能性はある。
良く言われるのが、凄いやつはどこにいたって凄いという意見だ。
アメリカのシステムでも、日本のプロダクションでも、凄いやつは出てくるんだよってさ。
そういうことはもちろんあるだろうなぁとも思う。
でも、なんか混ざってるよなぁとも思う。
自分で出てきた奴も日本にはいるけれど、誰かが売り出した俳優も混ざってる。
十代じゃ自分の売り方なんてわからないよと、同じ人間が言う。
凄いやつは凄いと、言ったそばから。

小劇場出身の俳優が、30後半を越えて、メディアに登場し始めるのはそんな下地があるからだと思う。
小劇場の世界で、セルフプロデュースを自然と身に着けている。
自分という俳優を知り、自分の出し方を知る。
経験から、自分というキャラクターが完成されている。

セブンガールズという作品は、どんな作品になるだろう?
そしてそれは、どんな俳優が出てくるだろう?という意味にもなる。
小さな村社会だ。劇団なんて。
それでも、この劇団の中で、自分の立ち位置で悩んだり、キャラクターを模索してきた。
それは、小さい世界でのセルフプロデュースだ。
映画の世界では、新人なんて言われるのかもしれないけれど。

自分を思い描く力。
それを18年かけて、養ってきたのかもしれない。
それは、技術ではないし、感情とかでもない。
純粋な自分の見せ方の問題だ。

つまり。
映画という物語の奥に。
俳優の生きざまが現れると、おいらは思ってるってことだ。

それを今回しなくちゃいかんのだ。いかんのだよ。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 03:28| Comment(0) | 映画製作への道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする