「アカモモ」
今日もロケ候補地に行ってみる。
お借りできる場所の一段下に初めて人がいたから、話をしてみる。
持ち主じゃないからハッキリ言えないけど、話しておきますよと笑顔で頂く。
ここがOKが出れば、広く撮影できる。
大きな大きな前進だ。
これで、裏の小さな集落さえ許しが出たら完璧なのに・・・。
集落の地主さんの家に行ってみる。
覗いてみるとおじいさんの軽トラがない。
今日も留守だ。
仕方ないから時間いっぱいまで待とうと決める。
三毛猫が遊びに来ては、ギリギリの距離までしか近づいてこない。
観れば、お借り出来るアトリエの上に満開の桜。
花見でもしながら。
のんびり待てばいいさ。
そのうち帰ってくるだろうと思った。
でも、やっぱり今日も帰ってこない。
気付けば、夕方も近い。
桜は咲いているけれど、寒い週末だ。
ふと、見るとおばあさんが、鎌を手に出てきた。
こんにちは、と声をかける。
相変わらず腰を大きく曲げて、ゆっくり歩いて。
あの、人懐っこい笑顔で、どうもどうもと言ってくれる。
そのまま庭の草刈りを手伝いながら、長い話をする。
おじいさんが戻ってくるまでと思って。
おいらは、いつか落ちたであろうかなりの数の果林を拾う。
おばあさんは、たくさん話を聞かせてくれた。
二人だけでこの広大な畑を今もやっていること。
おじいさんは、暗くなるまで農作業を続けること。
かつて、その集落を貸していた頃の事。
83歳になったけど、90歳過ぎまで、庭いじりをしたいという事。
くすくす笑いながら、楽しそうに話してくれる。
お近所さんも、こう広い畑や山に囲まれていると余り交流しないそうだ。
おいらと話すが、少しでも楽しいと感じてくれていたら嬉しいのだけれど。
もう暗くなりそうだし、遅くなると失礼だから、今日は引き揚げますと伝える。
おじいさんが今日いる畑の場所を教えてもらって、顔だけ出してみることにする。
おばあさんは、良く言っておきますよ。と言ってくれる。
本当にありがたい。
でも、ありがたいだけじゃなくて、自分の身になる経験だと実感する。
もうおいらには祖父も祖母も両方いない。
こんなにゆっくりと高齢の方と話す機会なんてない。
まして、まるで絵に描いたような田舎の祖父母なんて経験がない。
まるで、日本昔ばなしだ。
畑まで行ってみると軽トラックがあった。
でも、おじいさんの姿が見えない。
あれ?と思って、もしどこかで足でも挫いてたらと心配になる。
とりあえず、奥まで進んでみると、畑の奥の山陰で、笹を切っていた。
電気のこぎりで足場の悪い崖に立ち、草を刈っている。
驚いちゃうなぁ、もう。
手を止めた時に話しかける。
今回も笑顔で、応対してくれる。
そして、やっぱり、たくさん話をしてくださる。
今年はまだタケノコを観ていないコト。
ヤマザクラはもう散ってしまったこと。
タケノコの皮で梅干を包んで吸ったこと。
たくさんの事だ。
でも、やっぱり、集落は他の場所を探してほしいと言う。
笑顔で話してくれるし、とても良い人なのだけれど。
過去に貸してた人とトラブルがあったのかもしれない。
暗くなりそうだから、帰りますと伝える。
また、顔を出していいですか?と確認すると。
笑顔で、いいよ。と言ってくださる。
貸してくれないかもしれないけれど、また足を運ぼうと思う。
おじいさんの軽トラまで歩くと。
畑の真ん中に、真っ赤な花が咲いてた。
あの花はなんの花ですか?と聞く。
アカモモだよ。と教えてくださる。
あんなに赤くて見事なのは珍しいねぇ・・・
そんな風に言う。
いつもの年と咲き方が違うのかな?
まだ何も植えていない畑に立つアカモモが風に揺れていた。
季節の中で土に生きてきた二人の自然な笑顔はあの花のようじゃないかと思った。