十代の終わり頃に、おいらはとにかくなんでもいいから観ないとダメだ病にかかった。
ショービジネスだったらどんなものでも見ようという状態で、それこそなんでもかんでも観に行った。
寄席から、伝統芸能から、舞台だけじゃなくて、もうありとあらゆるものを観た。
安くチケットが手に入ったり、招待券を手にしたら、即行くようにしていた。
そんな時に手に入れたのが「男はつらいよ」の映画の招待券だった。
そういえば、テレビでは何度も観ていたけれど、映画館で観た記憶がなかった。
その頃はまだ、毎年正月に男はつらいよを上映していた。
もっと前は、年に2本だったと思う。
正月は、釣りバカ日誌と同時上映になってた。
なんとなく、テレビで見るドラマみたいな感覚だった。
よし、映画館に行こう。そう思った。
そしたら、ちょっとしたカルチャーショックを受けたんだよ。
色々なショービジネスを見続けている中でさ。
やっぱり、お笑いライブや寄席を別とすれば、全て、アートな雰囲気が流れていた。
当然、映画館は静かに観る場所だったし、他の人に迷惑を掛けてはいけないと思っていた。
それがね。
隣に座ったおばちゃんが、普通にうるさいんだよ。
お菓子とか食べながら。
でね、爆笑するの。
寅さんのコミカルな動きやら、周りを怒らせちゃったりやらで、いちいち。
え?映画ってこんなに爆笑していいんだっけ?って思ってたらさ。
ついに、おいらの太ももを叩きながら笑ったんだよ。
もうねぇ。
茫然自失だった。
完全においら、やられちゃったんだな。
もうまったく知らない世界だったんだよ。
旅回りの一座芝居なんかで、そういう場面を観た気がするけれど。
こんなふうに、あっけらかんと、映画を楽しむ文化があるって知らなかったからさ。
そしたらさ。
静かにしなくちゃいけない映画とかね。
芸術的な映画とかね。
すっごい、色あせちゃったんだよ。その後しばらく。
本当に楽しんでるのかな、このお客様たちは・・・って疑問を持っちゃって。
本当は、かっこいいとか、綺麗とか、人の評判に乗ってるだけなんじゃないの?とか思ったりしてさ。
もちろん、そんなわけがないんだよ。
そういう映画にはそういうファンが当然いるんだから。
だから、そう思っちゃうほどのカルチャーショックを受けたんだなぁ。
映画は静かに観るものだっていう固定観念を破壊されたんだ。
それからはもう最終作まで全部観たよ。
おいらの中で、車寅次郎が、大きな意味を持つようになった。
その一挙手一投足の真似をしたりした。
お彼岸に実家に帰ったらさ。
お袋が「家族はつらいよ」を観に行ったんだって。
そしたらね。
大爆笑だったらしい。会場中が。
ここ最近、山田洋次監督は、感動作ばっかだったからさ。
その話を聞いて、ああ、やっぱりコメディを創る腕は今もすげえんだなぁって感動しちゃったよ。
だからね。
おいらが芝居すると、実は少しだけ寅次郎がいるんだ。今も。
舞台の成瀬で、御守をぶら下げてたのも、実は寅次郎フューチャーだよ。
江戸弁を口にする役の時は、どうしても寅次郎の声で頭の中で再生されるんだよ。
あの不器用なフーテンの背中がどうしても、思い出されちゃうんだな。
奥深いなぁって思う。
静かに観るのも映画なら、ああやって、爆笑を共有するのも映画。
おいら、男はつらいよと釣りバカ日誌以上の笑い声を映画館でまだ聞いたことないよ。
映画監督を目指すような人は殆どが芸術方向なのかな?
若くて、コメディをやりたい監督なんて、あんまりいないのかな?
ついでに言えば。
太ももをひっぱたかれて。
隣で爆笑してたおばちゃん。
最後には切ない寅次郎の背中に号泣してた。
その時ね。
今までテレビでは一回もなかったのに。
おいらも、泣いてたんだ。
切なくて切なくて。
もう、どうしょうもなくなって、おばちゃんと一緒に泣いてたんだ。
映画はテレビとは違う。
一つの空間で、たくさんの人が時間を共有する。
舞台と同じだ。
共有が共感になった時。
絶対にテレビではわからなかった何かが現れるんだ。
渥美清さんは、舞台に立ってた人だ。
だから、それをちゃんとわかってたんだなぁって今更ながらに思う。
家族はつらいよのインタビューで言ってた。
最近は、静かに映画を観すぎだよって、山田洋次監督が。
すごいねぇ。すごいねぇ。
二代目寅次郎やらせてくんねぇかなぁ。
思う存分、怒られたいよ。あんな監督に。
男というもの つらいもの
顔で笑って 顔で笑って 腹で泣く 腹で泣く
くぅ。