2016年03月15日

これが見たかった

都内とは思えない場所.jpg
「都内とは思えない」
昨日、デビッドさんが所用で稽古にいなかったと書いた。
そのままディスカッションになったのは、実は他にも理由がある。
それは、メールで受け取って出力した新しいシナリオのシーンが余りにも目に浮かんだからだ。

「これが見たかった」

そういう登場人物の姿がそのシナリオに書かれていた。
このシーンだけは、代役で観たくない。そう思った。
もちろん、キャスティングが決まっているわけではない。
だから誰がやるのかもわからないんだし、色々な人がやればいいのかもしれない。
でも、ダメだな、やっぱり。
今の時点で稽古をするなら、元の役でやった方が良いと思う。
そこからちゃんと本音でやり取りが出来れば、今より前に進むんだから。
あえて、ゼロからやる意味なんかまったくない。
そんな時間を過ごす必要性がない。
たまたま体調の問題などでその役者がいなかった。
それで、このシーンをやってもな・・・って、おいらは思った。
多分、他の何人かも思った。

シナリオって、文字で書かれたものだ。
実は似たような言葉がいくつかある。
台本、シナリオ、戯曲。
おいらは、わりにその3つを使い分ける。
時々、シナリオを台本感覚に感じていることはあるけれど、基本的には使い分ける。

シナリオは、状況まで書いてある。
そこがどこで、どんな場所で、どんな天気で・・・。
絵になる部分まで、全て書いてある。
その代わり、セリフには余り説明的な部分が少ない。
台本にももちろん書いてあるんだけど、台本には状況までは完全に書かれていない。
むしろ、暗転とか、明転とか、登場とか退場とか、段取りも書かれている。
舞台俳優にとって上演台本は設計図のようなものだ。
戯曲とは、読まれることを想定した文学だ。
だから、ト書きが延々と続く場合だってある。
シーン番号なんかもちろんないし、場合によっては心象描写まである。

その新しい、今まで持っていた台本とは違うシナリオを手にして。
一瞬で、頭の中にその映像が思い浮かんだ。
いや、映像だけではないんだ。
そこに流れる空気感、役者の表情、そして一番重要なリズム。
その全てをシナリオから感じ取った。
デビッドさんのいつもの台本にはリズムがあるんだけれど。
ひょっとしたら、シナリオの方がもっともっとリズム感があるのかもしれない。
そりゃ、カット割まではわからないよ。どこをどう切り取るのかは。
そこは楽しみに取っておくとしても。
でも、絵が思い浮かぶんだな。
ああ・・・って。

こういう場面っていうのは、もう、間違いなく。
書いてる時に絵が思い浮かんでいる証拠だと思う。
その状態で書いているし、作品を知っているおいらたちにはすぐに伝わる。

そんな場面がたくさんあるといいなぁ。
頭の中で瞬間的にイメージできるっていうのは特別なことだから。
それを演じる俳優のイメージと、シナリオのイメージと、バチン!と当たった時の事だから。
おいらは、よく、「当たり」を見つけるっていう言い方をするんだけどさ。
当たりって、一発でわかる。
ああ、これか。これをやれば良かったのかって。

こうなってくると、ただただシナリオが楽しみで仕方がない。
あのシーンはどうやって書くんだろう?
あのシーンはどんなイメージにするんだろう?
楽しみなシーンがまだまだ目白押しだからだ。

支援してくださった皆様に、シナリオを読ませたいぐらいだ。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 01:14| Comment(0) | 映画製作への道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする