2020年11月22日

公開89日目

朝から吉祥寺に向かう。
電車を降りると声をかけていただいた。
新型コロナウイルスのこともあってお客様との接触を避けなくてはいけないこともあって軽く挨拶だけ。
なんだか申し訳ない気持ちになりながら、吉祥寺プラザに向かった。
打ち合わせ前に、武蔵野八幡宮で本日の上映の成功を祈る。
まだ早い時間なのに見たことのあるお客様が八幡宮の写真を撮影されていた。
そっと八幡宮を離れて、待ち合わせの時間まで街をぶらぶらとする。
事前打ち合わせの時間になってからもう一度吉祥寺プラザに。

映画館に入った瞬間から懐かしい空気に包まれていく。
いつか、どこかで行ったことのある映画館の雰囲気。
階段の感じ、床の感じ、受付の感じ。
間違いなくこんな映画館がかつてはたくさんあった。
支配人さんと打ち合わせをする。
登壇するメンバーの導線の確認などまで。
とても丁寧に支配人さんがご説明してくださった。
その時に、懐かしい映画館の話をしたら、よく言われるんですよとおっしゃって。
すぐに僕の住んでいる地域の映画館の名前が出てきた。
小野寺さんの年齢もなんとなくわかりましたと。
とてもスマートで、回転の速い方だった。

正面入り口とは別の入口のそばに集合をする。
徐々に集まる。
流れを説明していく。
何人かが遅れていることがわかって、ロビーで待つことになった。
劇場からあの音楽が聴こえてくる。
実は今、毎日、セブンガールズの映像ファイルを開いているから懐かしさはなかった。
ただスクリーンから、再び音が聴こえてくるということだけに痺れていく。

遅れてきたメンバーに段取りを説明して自分も映画館の座席に着席した。
後ろから観たりしたこともあったけれど、お客様と一緒に観ているというのは初だった。
思えば、試写会すら僕はロビーや楽屋で何かをしていなくてはいけなかった。
映画館の座席に腰を下ろしたなんていう記憶がない。
周囲から感じるお客様の気配、笑い声、すすり泣く声、寝息まで。
何もかもを感じながらセブンガールズを観ていた。
こんな貴重な時間はないなぁと思う。

感染拡大の中、75人もの予約が入った。
新型コロナウイルスがなかったら100人だって越えていたのかもしれない。
来場してくださった皆様への感謝と同時に、来場を断念せざるを得なかった方がいることを思う。
この映画館に今、いるのは75人だけではないのだ。
舞台挨拶に来れなかった出演者も含めて、たくさんの人がここにいるのだから。
スクリーンの中の登場人物たちは終戦直後の時代を必死に生きている。
きっと僕たちも、今、疫病禍の中を必死に生きなくちゃいけない。
町医者の寺庵が検査を口にするたびに、依然と少しだけ意味が変わっていることに気付く。
クライマックスの意味、雑魚寝の意味。絆の意味。
映画は変わらないけれど、今の状況の中で心が変わっていることに気付きながら。

目に映る全てのセットに思い入れがある。
あれも作った、あの柱を立てた、あの洗濯物を創った、この小部屋はこうだった。
懐かしいというよりも、まるで昨日のことのように思い出す。
どのシーンも、カット割りも繋がりも全部、頭の中に残ったままだった。
え?ここってこうだっけ?みたいなところは一つもなかった。
僕の心の中では今も生々しくあの日々が残っている。
多分、一生消えることはない。

エンドクレジットが流れ始めた。
一人一人のスタッフさんの名前。
協力に並んだ名前。
どうしても載せたくて、掲載した元劇団員たちの名前。
そしてクラウドファンディグに参加してくださった皆様の名前。
全ての名前がこの映画を完成させてくださった。

上映の最後、拍手が響く。
あの初上映の日を思い出す。
あの日からずっといただいている暖かい拍手。

舞台挨拶に立つ。
支配人さんが名前を読んでくださるとき、マイクだと思ったら生声だった。
話をすることはできない。
マスクはそれぞれ自主的な判断でいいよと伝えていたけれど。
皆がマスクをつけたままだった。
写真を撮影してくださる方にはマスクはきっと邪魔だったはずで。
ただマスクは取ろうと提案することは、ある種の強制になってしまうから出来なかった。
今もそれだけは少し悔いが残るけれど、たくさんの拍手をいただいたことが救いだった。

終わって退場する。
ロビーでのお見送りも出来ない。
一旦、外した場所で、仲間たちが話している。
久々に観たら感動したよ、泣けてきたよという声。
そうだ。
皆はきっとそうやって楽しめる。
撮影終了から試写会までの編集期間は知らないのだから。
その間に2回も舞台公演をやってさえいる。公開直後の舞台の稽古もあった。
監督と僕だけは、きっと同じように楽しむことはできないのかもしれない。
でもそんな感動したという声がやけに嬉しかった。
不思議な気分だ。

懐かしさを微塵も感じないのに。
僕たちは凄いことをやり遂げたのだなぁと改めて思った。
本当に未経験から映画の製作をやり遂げたのだから。
セットも、芝居も、編集も、全部が手作りで、全部を自分たちでやってきた。
そのままかっこつけずにスクリーンに残ってた。
これは誇りだ。
セブンガールズ映画化実行委員会と称して企画を立ち上げたあの日からの。

帰宅して、不思議なことだけれど再びセブンガールズの編集ファイルを開く。
なんとか明日中には今やっているデータ製作を終えたいのだけれど。

もうこんなことは二度と出来ないと思わせるだけの作品だった。
信じられないような奇跡が重なってこの映画は出来上がった。
不可能と言われた中でセブンガールズを製作して、もう一度、不可能だと言われている。

でもさ。思うんだ。
お客様は何度だって上映して欲しいと言ってくださる。
こんなにも愛してくださる作品に育ってきた。
上映を繰り返せればそれでいいのかもしれない。
ただ、僕たちは役者で。
どんどんセブンガールズが懐かしくなっていく。
撮影した日からもう4年。
新しい作品に挑まなくてはいけないし、もっと愛されるような作品を発表しなくちゃいけない。
繰り返していくほど、僕たちは過去に生きることになってしまう。
そうじゃなければ、セブンガールズは思い出になってしまう。
思い出じゃないさ。
セブンガールズだって過程なんだ。

次はいつ上映が出来るだろうか?
予定はない。
予定を創るには動き続けないといけない。
発信し続けなくちゃいけない。
きっと止まっている暇なんかない。
そして、もっともっと、愛してもらえるように育たなくてはいけない。

もう一度初心に帰って。
セブンガールズの企画を立てた時のクラファンのページを読んだ。
どうやら、あんまり変わっていなかった。
それほど、大きく成長しているわけではない。
姿勢はいつだって前のめりさ。
何度だって奇跡を起こしてやる。

ご来場ありがとうございました。
まだまだこの旅は続きます。
次にどんな形でお会いできるのかわからないけれど。

果てなどなく続いていくんだって思っています。
奇跡は始まったばかりなんだって信じて進んでいくのだ。



posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 19:58| Comment(0) | 夢の彼方に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月11日

公開88日目

別府ブルーバード劇場、終戦75周年特集での上映が終わりました。
ご来場いただきました皆様、誠にありがとうございました。
上映を決めていただいた別府ブルーバード劇場さま、感謝いたします。
例え上映がなくても、もう一度、あの湯煙の街に行って、かぼすを絞ったそばを食べたいです。
今も昭和の香りが色濃く残るあの街、あの映画館。
今回の上映で知った皆様もいつか旅して欲しいです。
今は場所によっては移動が厳しい時期ですが、きっと忘れられない日になると思います。

現時点で次の上映は決まっていないです。
こういう状況ですから、中々、難しいと思っています。
もしかしたら映画館でかかる最後の日だったのかもしれないのか。
そんなことをふと思っています。
またどこかで皆様と出逢えたらと願っています。

体温を越えるような熱射を越えて日が落ちてから。
ああ、もう上映が終わったなぁ。そんなことを思いながら玄関を開けると。
慌てたようにまるまると太った家守が逃げていきました。
いつかみつけてそっと逃がした子供の家守がその後も家を守ってくれていてここまで育ったのかもしれない。
そんなことを思いながら、何もしないからあわてないでと話しかけました。

まだまだ上映していない地区はあるけれど。
映画館だって産業です。商売です。
一人でも多くのお客様を呼べるような作品を求めています。
僕たちのように無名の監督で、無冠で、無名の俳優の作品は大きな話題を生み出さない限り上映は難しいのです。
それでも、ここまで多くの映画館で、封切してからまもなく2年という中で上映出来るのはすごいことなのです。
そんなの簡単には出来ないんだよと、色々な人に言われます。
上映日が一日でも伸びるように、上映館が一つでも増えるように、一人でも多くの方に観てもらえるように。
あらん限りの知恵を絞って、出来ることすべてをやってきたと思っています。
僕自身を置き去りにしてでも、作品をどうやって届ければいいのか考え続けました。
どこかで上映が終わるたびに、そんなことを一つ一つ思い出していきます。

連休が終わっていよいよお盆です。
どういうわけか日本のお盆と、終戦記念日は重なっています。
たくさんの死者を思う日々が終戦と重なっているのは偶然なのでしょうか?
東京は旧暦なので実は7月にお盆がやってきます。
東京以外の地域は殆どが、今年は8月13日に迎え火を焚いて、16日に送ると聞いております。
戦前からお盆はあるのだから偶然なのでしょうけれど。
僕はまだ小さかったころ、祖父の家でお盆を毎年迎えていたのですけれど。
ふと亡くなった祖母の存在を感じた日がありました。
特に霊の存在を、わりと子供の頃から信じていなかったのですけれど、その時はなんとなく信じました。
あれは夢だったのかもしれないです。
毎年、提灯を飾ったり、窓を開けて迎え火を焚いていたりする中で話を聞いていたので。
それでもいいのです。
時間が経った僕にはそれは夢ではなくて、ああ、ここにいるんだなという実感になっているから。
本当は日本全国で盆踊りがあって、死者を弔うというのに。
せめて心だけでも、先達を思えたらなぁと。
そしてそれは全国で、お墓参りが出来ない皆様もと願っています。
どういうわけかそんなお盆にペルセウス流星群まで重なることが多いですね。
あの流れ星の一つ一つが亡くなった人の魂だよと子供の頃に教わったことを思い出します。

2年前の封切前のお盆にセブンガールズの上映が決まったことを父に報告しました。
今年は何を報告しようかな。

今、上映機会がないという状況になって。
改めて僕はまだ果たせていない幾つかの約束について考えています。
それはセブンガールズを海外に持っていくと言ったことです。
持ってはいきましたが上映は出来ませんでした。
全国に持っていくという事もそうです。
全都道府県はおろか、上映出来なかった地方も多いです。
たくさんの皆様の支援で出来上がったこの映画で。
たくさんの皆様との約束をそのままにしている自分がどうしても許せないのです。
それはもうずっと考え続けていることです。

セブンガールズがこれからどこかで上映される機会が来るかは約束すらできないです。
そしてDVDなどのソフト化や、配信についても今はありません。
今、確かに残っているのは皆様の記憶の中だけです。

僕はそんな中ずっと考え続けていることがあります。
それは次の映画製作です。
果たせなかった約束に挑戦するにはもう一度、セブンガールズと同じように挑戦するしかない。
そう思っています。
それが困難なことである事もわかっていますけれど。
今度、僕が自分で製作するとすれば、全て自分でやるつもりです。
シナリオを書き、キャスティングして、自分が監督するつもりです。
今日まで学んだこと、今も経験し続けていること、その全てを一つの作品にしなくちゃなと思っています。
まだ時期もわからないし、そもそも資金をどうするのかも決めていないです。
クラウドファンディングからもう一度やるのか、それとも別の形にするのか。

最初はずっとセブンガールズの延長として、次に何が出来るのか考え続けていました。
でも多分この形の先は、監督自身や加藤Pや、他の誰かにお任せして考えてもらった方が良いと思ってます。
それはもうゼロからではなく、デビッド・宮原にとっては処女作ではないからです。
つまりそれは挑戦とは違った意味になる。いかに継続していくかです。
その動きの中で、撮影できるのか出来ないのかは、もう僕の領域ではないだろうと思っているのです。
次のステージに進めたらいいなぁともちろん願っています。
ただやり残したこと、僕が最初にクラウドファンディングでお約束したことだけが残ってしまう。
それはやはり挑戦であるべきで、その挑戦は僕が約束したことなのだと思います。
実際、世界への挑戦は僕ばかりがこだわっていたことでもあるのです。
今は、色々な制約を全て忘れて、より自由に考えようと思っています。
最初はセブンガールズのメンバーで、監督も同じで違う何かをとも考えたのですけれど。
同じことの繰り返しで乗り越えることが出来るような山ではないと思うのです。
誰にも応援してもらえないかもしれないけれど、ゼロから始めるしかないと思っています。

そのための反省と。
そのための経験を。
僕は繰り返しています。

この世の中には奇跡のようなことがいくつもあります。
お盆と終戦が重なったことだって、流星群が重なったことだって奇跡です。
公開からほぼ2年経過したセブンガールズが上映されたことだって奇跡です。
僕はそんなミラクルにまだ挑戦しなくちゃいけない。
創作を現実が追い抜いたコロナ禍の今の時代に。

そういう答えに辿り着くまでには色々な人に逢いました。
セブンガールズにコメントをくださった奥山和由さんとお茶を飲ませていただいた時に言われました。
僕は君が心配だよ。君が何をやるかだよ。間違いなく君の情熱が映画を生んだんだよ。
僕はその言葉に驚き、うろたえ、考え続けました。
僕自身を置き去りにして、作品を届けることばかり考えている自分を見抜かれていたのです。
多分、これを読んでいるほとんどの人にとって僕は俳優です。そして実行委員長です。
僕が創作をしたりすることを知っている人は全体的に少ないと思います。
だからセブンガールズ前よりもきっと、お前に何が出来る?と感じるだろうなぁと思ってます。
それでいいのです。
いや、そのほうがいいのです。
こんなやつに何が出来るよ?というスタートだからミラクルが起きる。
セブンガールズが奇跡を起こしたのは、劇団が映画なんか作れるのか?というスタートだったからです。
もう一度、色眼鏡で見られるような場所から奇跡を目指したいと思っています。

上映が終わりました。
でもこの奇跡にはまだまだ先があります。
いつか上映の機会が来るのか。
それとも別の形でお会いできるのか。
まだまだ何も見えないですけれど。

僕はまた一つ約束をしようと思います。
約束をしなくては皆様にお会いできないですから。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 02:45| Comment(0) | 夢の彼方に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月10日

公開87日目

先週の劇団オフィシャルBLOGにも書いたことだけれど。
今回の上映スケジュールを別府ブルーバード劇場さまから聞いた日からこの日に行きたいと思っていた。
飛行機で長崎空港、爆心地公園で手を合わせて、長崎駅前から別府までバス移動。
それでも上映終了時刻に間に合う計算だった。
そこまで調べ上げてあって、そうしたいとずっと願っていた。
別府から大分空港まではバスに乗るのだけれど、実はそのバス停に長崎行があることを目にしていた。
ちょっと驚いたのだけれど、そんな便があること自体が、定められたことのように感じていた。

僕にとって長崎という場所は本当はいつかゆっくりと訪ねなくてはいけない場所だ。
坂本龍馬を演じた僕は、いつか高知の桂浜と、長崎の亀山社中に立ち寄ると決めている。
大阪のシアターセブンでの上映時の舞台挨拶前に神戸海軍操練所や楠木神社に立ち寄ったのもそこからだ。
京都の近江屋や墓前にはすでに行っているけれど、今もって、日々の喧騒に言い訳をして果たせていない。
お元やグラバーや長次郎に会いに行かなくてはいけないとずっと思ったままだ。
映画「セブンガールズ」を製作したことで、長崎にはもう一つ行かなくてはいけない理由が出来た。
今回もし行けたらという予定は、ほんの少しの時間だったけれど、またしても果たせなかった。
貧しく、時間がない僕は、何もできないまま時間ばかりが過ぎていくような気がしてふと厭になる。
いつか、いつかは、いつなのだろう。
のんびり生きてちゃいけない。

明日、初めて映画を観る方もいるかもしれないから。
あまり多くの事は書かないけれど、映画「セブンガールズ」にとって8月9日に上映が出来る事は大事なことだった。
去年の上映期間中にもそれは書いたことだと思う。
その日に上映してくださることを知った時にどんなことを思ったかここに書ききれない。
きっと今日ご覧いただいた皆様には伝わると思う。
今日上映される意味。特別な上映であること。
もちろん最後のビデオレターも。

都心部ではこんな日におかしなことが起きたらしい。
それを目にしてもすべてスルーすることに決めた。
恐らくは1000人に1人にも賛同を得られないような活動。
それをわざわざSNSで批判すれば、それだけ広がって参加者が増えるだけの炎上商法。
クソダサイやつらのバカバカしい戦法にのるほどあわれではない。
批判的な行動をして、わずかな賛同者を増やすようなやり方が最近増えた。
どんな考えを持ってもいいし、どんな主張をしてもいいけれど。
それを人に押し付けたり、それを強制する要素があると僕はそっぽを向く。
ただそっぽを向きながら同時に思うことがある。
本当に伝えたいメッセージも、こういう炎上商法と同じレベルに見られてしまうのかもしれないと。
それは本当に嫌なことだ。
くだらない批判が、大事な意見を隠してしまう。
僕は今日という日にそれをやるということに強い強い嫌悪感だけを残した。

本当ならそれを別府で知ったのかもしれないんだよな。
当初の計画では、明日の最終日も滞在している予定だったのだ。
遠い別府の地で知ればまた違った感覚だったのだろうか。
それとも、台風5号の進路に冷や冷やして気付かなかったかもしれない。
九州上陸はなさそうだけれど、大気は荒れるだろうから。

もう25年も前になる。
僕は初めて台本を書いて役者を集めて自分で演出をして、舞台を創った。
その時の作品のテーマの一つが「情報化社会」だった。
メタファーとして、舞台から客席からありとあらゆる場所に細かい電線をばらまいた。
思えばあの頃はまだ携帯電話も普及していないし、インターネットも普及していなかった。
台本を書いたのだって、東芝RUPOというワープロ専門機だったのだから。
まだまだメディアはテレビと紙媒体が最強だった時代に、そんなテーマだった。
今はもう情報化社会なんて言葉が出ないぐらい、この世界は情報そのもので構築されつつある。
僕はそのことを感じながら、もっともアナログである舞台演劇という場所に立ち続けると思っていた。
まさかと思っていたけれどこのコロナ禍で演劇やライブまで情報化されつつある。
生配信であればライブだなんて僕はまやかしだと思っているのだけれど。
皮膚に感じる手触りや、痛みが、情報化される時に切り捨てられていくことが心苦しい。

戦争の記憶もアーカイブ化されているのだと今日は何度も思った。
伝えていくことが大事なのだというメッセージは正しい。
今日上がったさまざまな証言は確かに心に残った。
けれど、多くの情報の一つになってしまうのではないかと同時に思った。
明日を過ぎれば、もう原爆のことなんて忘れて生活を始める。
近隣諸国が核実験をしたら、それはそれで別の事を思う。
そうやってすべてがアーカイブ化されている。
それはもちろん生きる知恵の一つだから否定するようなものでも何でもないのだけれど。
そうではなくて、体験であったり、体感であったり、やはりただ知るだけではなくて、心が動くことが大事だと思う。
心を揺さぶられてこそ、情報はただの情報ではなくなる。
脳だけで記憶してもそれは情報に過ぎない。
身体で記憶することは同時に自分以外の誰かの想いまで記憶することなのではないかと思う。
レバノンの爆発事故の映像を観て、すげーなんて言葉でスルーしてしまいそうになる自分がいかに情報化社会に埋もれ始めてるのか自覚する。

ネットニュースもフェイクニュースも、フィクションも。
一つの情報になっていきそうで苦しくなる。
大昔に、これからの芸能は消費されていくなんて言葉を目にしたけれど。
もうとっくにそういう時代になった。
軽くて、口当たりが良くて、消費しやすいものがうけるのかもしれない。
でも、どうだろう?
僕は生きていると実感できるほどの体感を強く望んでいる。

セブンガールズが誰かにとって特別な一本になりますように。
僕は、そうパンフレットのあとがきに書いた。
消費されていく作品が悪いとも思わないけれど。
この映画を観ることが一つの体験になるとしたら、それしかないように思う。

8月9日。
この映画にとっては特別な日。
そしてこの映画は創られた物語。
フィクション。
それでも、強い強い体験になると信じるしかない。

今日も情報の上でくるくると踊り続けるザマを見た。
横目でそれを見ながら、やれやれとつぶやく。
僕はアンテナを降ろさない。
この情報化社会の中で、あらゆる情報を受信しながら。
それでも、そこでは踊らないよと、自分に言い聞かせて進もうと思う。

明日は別府ブルーバード劇場最終日。
誰かがきっと体験してくれる。
貧しさの中で、飢えの中で、それでも明日を信じて生き抜いた女たちを。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 03:09| Comment(0) | 夢の彼方に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする