2017年10月20日

子供の笑顔

BBQ.jpg
BBQ隊長

去年の今日を確認する。
そう、美術設営3日目。
多くのスタッフさんがこのロケ地にやってきた。
打ち合わせももちろんした。

あの時のスタッフさんたちの表情、言葉、すごい記憶に残っている。
吉沢さんも古賀Pも、セットを見た瞬間に、声が出て。
そのまま、奥の部屋まで入ってもらって。
ある意味で、あの瞬間こそ、デビ組発足の瞬間な気もする。
絵でしか見ていなかったパンパン小屋が、実際に目の前にあったあの瞬間に。

それとこの日に思い出深いのは夜のBBQだ。
働きづめだった毎日にやってきたご褒美デー。
翌日の入り時間も遅くして、皆で、肉と酒。
監督は初のBBQだなんて言ってさ。
トオルさんと、映画や音楽の話をしてた。
オレンジに光る作業灯の下で、ケラケラ笑った。

写真は美術設営休憩中の一コマ。
この椅子、常に喫煙所にあって、とっても活躍したなぁ。
皆、ここで休んでた。
こうやって見ると、すごい良い顔をしている。
疲れがピークの頃だと思うんだよ。なんせ休憩中だしさ。
疲れているから、こんなに根元まで煙草を吸っても立てない。
それなのに、充実した表情をしている。

企業だとすればこれは完全にブラックなスケジュール。
もちろん、いつもの舞台でもそうなのだけれど。
好きじゃないと出来ないことってある。
でも、生き甲斐と言うか。
充実感だとか、生きている実感だとか、手にしている希望と言うか。
そういうものが、体を動かす時って言うのが必ずある。

BBQでキャンプ慣れした中野圭も、ここまでやれると思ってなかった。
本当、皆、頑張ったよなぁと言っていた。
美術の伊藤さんも、金曜までかかると思っていたと、この酒席で言っていた。
中野圭のこの笑顔を、全員がしていた。

小さな小さな、例えば裸電球一つにも、この映画には思いがこもっている。
ソケットを買ってきて、天井にぶら下げる処からやったんだ。

余裕のあるスケジュールでしか撮影できない映像ももちろんあるけれど。
余裕のある中じゃ出来ない撮影って言うのもきっとあるんじゃないかって思う。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 03:12| Comment(0) | プロモーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月19日

ちぎったチャコールフィルター

ディティール.jpg
パンパン小屋のディテール
Facebookには「過去のこの日」という機能がある。
去年やその前の年など、同じ日付の自分をワンクリックで調べることが出来る。
毎日、このBLOGを書いていて、シェアをしているから、すぐに何があったのかがわかる。

去年の今日は「美術設営2日目」というタイトル。
皆でセット作りをした日程の中でももっとも重要な日だった。
前日の夜に部屋の形が出来たので、外観に手を付け始めて、可動部分も完成。
翌日の撮影監督やスタッフ陣の訪問前までにある程度、形が見えるようにと頑張った。
2週間かかると言われていたセットの設営をわずか2日で形にしていったのだった。
音楽を担当する吉田トオルさんが訪問してくださって差し入れもくださった。
夜間まで続いたから、懐中電灯で手元を照らしたりもしてくださった。
あの時には既に、部屋は完成して、外観もほぼ基本は出来上がっていた。
おかげで、翌日からはディティールを詰めていく作業に入れたのだった。

ふと思いついて、パンパン小屋内部のディティールの写真を切り出してみた。
撮影したメンバーだったら誰もが知る、パンパン小屋のほんの一角だ。
鏡台には古着の着物の切れ端がかかっている。
蓋の付いたゴミ箱には、貼り付けた紙の残骸がこびりついている。
80cm四方もないような小さな机には筆立てや、すずりなど文房具がある。
余った炭を拭くために、ティッシュのない時代だから切れ端を置いてある。
その向こうには茶箪笥。物のない時代だからぎっしりではないけれど、必要最低限は揃っている。
畳は乾燥して波打っている。

今になって、こう見ると、人の生活の匂いさえ漂ってくる。
とても、映画用に作られたものとは思えない。
全ては美術の杉本亮さんのアイデアがあったればこそ。
とは言え、それを劇団員で、詰めていくのだから、改めて驚く。
ほんの数日前はここには、なんにもなかったのだ。
生活どころか、20年以上も人が入らなかった空間だったのだから。

茶箪笥の引き戸の色の禿げ方のリアルさは、装飾したものではない。
実際に100年以上続く老舗の旅館から頂いたからこそ、そのままはめることが出来た。
おいらたちは、ほんの少し、茶器を置いたり、他の家具と組み合わせたりしただけなのかもしれない。
生活に根差した色の禿げ方をしているのだから、リアルそのものだ。

思い出すのは、むしろ、この古家具たちの使い方をすでに知らない女優もいたことだ。
鏡台の鏡の固定の仕方もわからないなんてこともあった。
角度を決めて、このつまみをねじれば固定できるよなんて、レクチャーまでしたのを覚えている。
つまり、この風景を創りながら、実際にはこの風景の中で生きたことすらなかったのだった。
おいらの記憶に残る昔の日本間でも、ここまでの部屋は中々なかったと思う。

これが、部屋の一角だ。
もちろん、部屋は一つではない。

映画製作に当たって学んだことは、結局こういうことだ。
舞台なんかよりもずっとずっと分業が徹底されているけれど。
それぞれが、微に入り細に入り、ディティールを詰めていく。
ディティールが積み重なることで、圧倒的な存在感が生まれていく。
役者は当時の人間の演技を詰めるし、美術は当時の風景を詰めていく。
今は、対外営業の方が、そういう作業をしてくださっている。
ロマンがあるようでいて、そこにはリアリズムしかないという事だ。
夢だけれど、だからと言って、勢いだけで出来ることじゃない。

そういえばこの机には平皿のガラスの灰皿が置いてあった。
スタッフさんの吸い殻なんかもぽんと置いてあったんだけれど。
気付いた人間が、その吸い殻のフィルターをちぎって捨てていたなぁ。
当時の煙草には、フィルターが付いていなかったから。
そんなのカメラに映るとも思えないのだけれど。
そこにあっちゃいけないというだけで、フィルターをちぎり続けた。

埃のすえた匂い。
湿気のある布団。
漂う蚊取り線香の香り。
歩けばミシミシとなる床。

もうあのパンパン小屋は世界のどこにも存在しない。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 04:04| Comment(0) | プロモーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月18日

タイムラインは告知だらけ

SNSを見ると告知で溢れている。
映画、舞台、音楽、色々なことをやって色々な知り合いがいると、どんどん増えていく。
もちろん、自分だって、そのたびごとに告知を繰り返しているわけで。
なんでちゃんと告知しないんだよ!って思う事すらあったりもして。
友人と繋がっているだけの人はそんなに告知が溢れたりはしないのかな?
とは言え、今は選挙ウィークでもあるわけで、遠回しなプロパガンダも含めれば相当な数じゃないだろうか?

大きなくくりで言えばこのBLOGも告知になるのだろうか?
クラウドファンディングの時に、ちゃんと応援してくださる人に日々報告すると約束をして。
製作日誌として続けてはいるけれど、最初から読んでいる人はともかくとして。
途中から知った人にとっては映画の告知とそう大きな差はないのかもしれない。
だからこそと言っては何だけれど、手を変え品を変え、読み物として成立するように考えているつもりで。
報告的なこと、心情的なこと、詩的な文章、季節を感じられるようなこと。
そういうことを交えながら、稚拙なりに、積み重ねている。
それがやがて、公開になった時に、振り返られるようにも考えていたりする。

そしていつか・・・というよりも近く告知をしなくてはいけない日がやってくる。
公開日が決まったり、ニュースがあったり、舞台が決まることもあるだろう。
そうなった瞬間から、また宣伝や告知を繰り返さなくてはいけない。
もちろん、事務的にただ告知するという事もあるだろうけれど。
事務的なだけじゃなくて、興味を持ってもらえるような告知も考えなくちゃいけない。
繰り返し、やります!だけでは、実は宣伝にならないし、逆効果になることもある。
今、ネットやSNSの住民は、宣伝に飽き飽きしているのがわかるからだ。
それでも、事務的な宣伝が必要な以上、それ以外の方法もちゃんと考えていかなくちゃだ。

出演者の紹介やインタビュー、アンケート。Youtube。
中にはその作品のバックボーンになる資料を掘りつくしたBLOGの開設をしたこともある。
もちろん、それは舞台と言う狭い世界での、それまでには余りない告知方法だった。
世間と言う広い世界にも届くような、告知って何だろう?
もちろん、最大の効果は、口コミに間違いないのだけれど。
だとしても、その口コミが広がるような可能性を考えないとだ。

選挙が近いから、それこそ、様々な告知がある。
わざとスキャンダラスなことを書いたり、何年も前のことを最近のことのように書いたり。
政党関連団体を遠回しに攻撃しているようなものも見かけた。
そういう告知を逆手にとって、こんな汚い方法で宣伝している!という告発のようなものもあって。
でも、実はちゃんと見ると、どこも同じようなことをしている。
実際に政党が指示してやっているのか、関連支援団体がやっているのか、個人でなのか。
それすらもわからないけれど、果てはネットメディアなんかまで利用していて。
ちょっと調べたりすれば底が見えてしまうのに、攻撃的なのは指示されるのだろうか?と考えてしまう。
敵がハッキリしている選挙活動においては、相手への攻撃が自分の得票に繋がるのはわかるけれど。
それにしても、ちょっとくだらなすぎるのも多くて、それだけは辟易している。
むしろ、くだらないネガティブキャンペーンをやりません!という政党を支持したいぐらいだ。

映画の告知は、もちろん、敵なんかいないから攻撃対象がない。
社会性やメッセージ性の強い作品で、仮想敵を創るケースも、わずかにあるけれど。
それはそれで、実はとても、勢いがつくというか面白い告知活動だ。
舞台の世界で言えば、アングラは当初、徹底的に新劇を攻撃したわけだし。
例えばお笑いで言えば、たけしさんは旧来の笑いを否定し、松本人志はビッグ3を否定したりもした。
それは、新しい時代を創るという本人の覚悟だったのだと思っている。
否定することから始まることもないわけではないから。
例えばセブンガールズの告知で、メジャーな映画製作システムを攻撃することも不可能じゃないと思う。
それは、インディーがやるわかりやすい構造を創る方法だから。
でも、それもなんだか、そぐわないよなぁと考えている。
敵ではなく、仮想敵で、そういうムーヴメントなのだから、個人的には嫌いじゃないけれど。

ただ広げたいというよりも。
より伝えたいというスタンスで行くのが一番だと思っている。
どうやったら、伝わるのかな?と考え続けるしかない。
自分は苦しんだり、悔しがったり、そういうことも、全部晒しているつもりだけれど。
人から見ると、すごいポジティブに見えると言われたことがある。
そのぐらいで良いのかもしれない。

タイムラインが告知だらけだ・・・というTweetを見たことがある。
まぁ、そんなことを言いなさんな。
とある劇団の座長さんのTweetではこんなことを書いていた。
僕の周りの公演は、全部すごい作品で、全部すごいキャストらしいです。そんな告知ばかりです。なんて内容。
それは批判じゃなくて、他の伝え方があるんじゃないかという提言だったけれど。
まぁ、そんなことを言わなくてもね。とおいらは思った。
確かに、そういうことはあるのだろうけれど。
誰だって試行錯誤しているし、告知をしないというのはそれはそれで無責任なのだから。
それにSNSは選択できる。
興味がある告知だけ読んで、あとは指を滑らせるだけなのだから。
告知まで消費される時代なのだ。

6月の舞台が終わった時に。
女優がBLOGでからっぽになったと書いた。
でも、友人に、たくさんもってるじゃんと言われたと書いていた。
視点が変わると、正反対な意見になったりもするってことだ。
そのBLOGすら、読んだ人もいれば、スルーする人もいる。
リアクションは当然人それぞれ。
SNS全盛の時代、チラシをまくしかできなかったあの頃とはまた違った形になった。
それはそれと、距離を置くことだって出来るけれど。

ちゃんと時代にあった告知ができるようでありたいと思う。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 03:30| Comment(0) | プロモーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする